I have a dream

I am overwhelmed by my work recently. Although it is not an excuse not to have written this brog, I guess I always need to remember something important throughout of my life. Now, I have a book “The Last Lecture” in my hand. Let me take a memo from this book at least.

 

I coped with the disease, or how it gave me new perspectives. Many people might expect the talk to be about dying. But it had to be about living.

 

“What makes me unique?” “Cancer doesn’t make me unique.” Whatever my accomplishments, all of the things I loved were rooted in the dreams and goals I had as a child. If I was able to tell my story with the passion I felt, my lecture might help others find a path to fulfilling their own dreams.

 

In case there’s anybody who wandered in and doesn’t know the back story, my dad always taught me that then there’s an elephant in the room, introduce it.

 

Walt Disney had said, “If you dream it, you can do it.”

死を土台に

年末から死について改めて考えている。人が、およそ限られた時間と知ったときに何を考えるのだろう。

昔からある命題ではあるものの、そんなことを突き詰めて考えていると、友人からチャットがはいった。とっさに、このインタラクションに意味があるのだろうかと考える。「どうしているの?」「改めてね、命が限られていたとしたら、何をするか考えているの」と答える。自問自答のようなものだ。「それなら、考えたことはあるよ」すぐさま、そのリストが共有される。感謝の言葉を伝えるとか、いっぱい本を読むとか、前に挑戦していた仕事をつきつめるとか・・。

そうなのだろうか?彼の言うところの死ぬときになったらやってみたいことというのは、やはり、「生」を土台にした願望でしかない気がした。「死」を前提にしての願望は絶対に違うところにあるはずだ。

誰もが生まれたときから一秒一秒死に近づいている。それなのに、その時間にはっきりとしたリミットをつけられない限り、やはり、私たちは所詮、命が限りないようなふりをして生き続けるのだろうか。

輝いているときに、心躍せるもの、とは絶対に異なるもの。何を捨て、何を抱え続けるのか。

例えば、地位とか名誉というもの。賞。それがほしいと頑張る自分は想像ができない。

高校時代、勝てるはずがないと言われた私立の特待生たちに思いっきり戦って得た勝利、そのテニスの仲間とのとどまることのない笑い声、炎天下の緊張感。まだ、愛しいと感ずる。

テーブルの向こうで、ちょっと疲れた顔をしながら、法人格にすればいかに節税ができるかを得意げに自慢している人。視界から消えてなくなればいい。

妙に家族を恋しく思う。血から離れることが私の命題なのに、こだわる自分がわからない。やがて、心は開けるのだろうか?

死ゆえの生なのだと何度も言い聞かせているのに、まだ、ほとんどの時間、私は間違って生きていると思う。

賞味期限

相当笑ったこと。これもずいぶん前。Kotと新しい生活を始めるにあたっての買い物をしていた。

いつものように Target。Targetのロゴはずいぶんわかりやすい。赤くてまあるい要は二重丸。ブランケットやComfortやピローケースや目覚まし時計やマグカップ。目薬を探しているときに、コンドーム売り場に遭遇した。なんとなくじーっとそれを眺めている。気がつくとKotも斜め後ろからそれを眺めている。

「ねえ、ねえ、これ買おう」私は言う。「チャンスは突然やってくる。そんなとき、これないと悲劇だ。絶対なしでしないこと。AIDSになっちゃうし。備えあれば憂いなし」Kotもうなづく。「僕も必要だと思った」。

Kot君の経験についてはまったく知るよしもない。でも、高校時代はいつも6時には帰っていたし、週末も部屋に閉じこもってオンラインゲームしていて部屋からさえも出てこなかったし、Geekだし、アメリカンスクールにありがちなダンスパーティにだって絶対行かなかったし、行けって言って嫌々行くときだって、隅っこにあったゲームコーナーでずーっと遊んでいたって言っていたし。

コンドームを手にとって、ちょっと首を傾げ、独り言を言う君。「これって賞味期限あるのかな・・・」

爆!いつそんなチャンスがめぐってくるかわかんないものね。一ヶ月後か一年後か。少年老いやすく学成り難しというか、恋成り難し。

初めてのデートって覚えている?

なななんと、大変なことになった。珍しく感情的なセンテンスで始まるメール。

入学して2ヶ月、嘔吐で病院に運ばれ点滴をうってかろうじて退院。その請求書が1万7000ドル。これ以上に大変なことってあるのかなぁと思いながら、メールをクリックする。中身は、一年上の女の子が日本に家族旅行に来るので、K君が一日彼女の東京案内を頼まれたということ。なんだ、そんなことか・・・。

しかし、本人は大真面目。東京といっても、アメリカンスクールと家の往復以外に渋谷のゲーセンとインターネット喫茶しか知らない彼にとって、そして、今まで女の子と一日を過ごしたことのない彼にとっては一大事らしい。

散々人に聞きまくって、2日間、自分で予行演習をするという。29日が当日で、27日は原宿・竹下通り・六本木ヒルズ・ミッドタウンを歩き回る。28日は浅草に。そこまでする必要があるのか・・・・

「男子たるもの夕食くらいおごってあげたら?」母のアドバイスに「それでもあまり高いものだとアメリカの女の子は嫌がるんだよ」「そう、じゃあ、これ使ったら?」どこかのパーティーであたった高級しゃぶしゃぶのクーポンを渡す。数千円の出費ですむでしょう。「わかった。でも、夕食は一緒に食べるかどうかはわからない」

いつものように、けやき坂のスタバで数時間の仕事を片付けて、家に戻った。夜7時。夕食くらい一緒に食べてくるといいなん、ママとしては初めてのデートがうまくいくといいと願うばかり。彼の部屋の電気は消えたまま。遅咲きの青春。

7時半に携帯が鳴った。「ママ、今、終わった」「なんだ、夕食食べなかったの?」「うん、家族で食べるらしい」「じゃ、仕方ないね。首尾はどうだった?」「わかんない。今から帰る」「じゃあさ、映画行かない?」「ママが見たがっていたやつ?いいよ」「じゃ、品川集合」

なんとなく幸せを感じる日だった。

Żubrówka

だいぶ前になるけど、Yohei君のコンサートに行ってきたご報告。

渋谷の一角にある50人でいっぱいになるようなコンサート会場。弾けるような歌声、若さ、見え隠れする無謀さ、Vulnerability、高音が細胞に入り込みそうにセクシー。

いつも迷惑ばっかりかけているというお兄ちゃんに捧げる幸せを祈るピアノ曲。

Żubrówkaをロックで。お水は別にください

昔の人の飲み方。「アメリカではŻubrówka売っていないの」そんなことを話したら、Żubrówkaを持参してくれた君、ありがとう。

18歳の成熟度

年に何回かシリコンバレーに来る。出張でもなく、遊びでもなく。私費で来ているが、VCに会ったり、お客様の仕事を入れたりで、それなりに時間は過ぎる。今も、エコノミーを使ってきているので、もう相当にしんどいし、こんな調子では、来るたびに半年くらいは寿命を縮ませているんだと思う。悲観的かしら。本当にきついのだもの。

飛行機代と未だに(笑)モーテル代、レンタカーなんかを合せるとけっこうな出費となる。ネットイヤーの本社移転に伴い、せっかく日本に戻ったから、アジアの国でも行ってみようと思っていたが、それもほとんど達成していない。お金もさることながら、シリコンバレーに来ることで休みを使ってしまって、他の国を訪ねる暇がない。

もう、やめようかな、とよく思う。それでも、当たり前のようにSFOに降り立ち、ほとんど通勤みたいに、レンタカーを借りて、101を南に下る。わざとUniversity AveでExitして、大学への道を走らせる。平日につけば、キャンパス内の大好きなタイ料理を青い空のしたで食する。暇があればAlumni CenterでIDを取得して仕事をする。カフェテリアにPCを持ち込んで、ただただ、のんびりする。南の島に行くよりも、ここにいるほうが、なんだか特をしているような気がすると思うこともある。きっと、これからも、ずっとここに来続けるのだろう。

Kotが大学に入ったことで来る理由も出来たでしょうとアメリカのみんなは言うけれど、反対に義務感になってしまうとよくないとも思う。とにかく、体が弱いわが子のことが心配ではあるので、友達もおごってあげるからという誘惑で夕食に連れ出す。彼が大好きなフォンデューを食べる。

Kotの友人などと一緒に食事をして、18歳ってずいぶん成熟度が違んだと改めて思った。KotはAcademicallyには優秀な子供だ。特に数学とプログラミングは、飛び級もしているし、人生のほとんどをパーフェクトで過ごしている。それでも時々、心配になり、大丈夫かと聞くと、間違える気がしないのだという。大学に入ってもそれは変わらないようで、今まで失点はない。最初は大学が楽しいと言っていたが、最近では、Stanfordが他大学に比べ簡単すぎるのではないかと疑問に思っているようだ。

でも、反対に、その他のことは全く駄目。記憶力が極端に低い(親と同じ)。言語能力も低いと思う。

ものすごく論理的で、人の気持ちはよくわかる子なのだが、なにか欠落しているような・・・(笑)。バランスが極端にとれていない。本人は気にしていない。

そして、駄目な分だけ、親しい友達という韓国系アメリカ人の子に感心してしまった。Mature!

Stanfordは、学生の自主性に重きをおいている。パーティースクールと言われるゆえんもそのあたりから来ている。カリキュラムも自由、外国にいってもいいし、働いてもいい。たくさんのオプションが用意されている贅沢な学校だ。でも、4年間の出来上がりは、学生次第。Princetonなど他のBig 4を卒業してStanfordに来る学生は、甘すぎるんじゃないかと言う。だから、彼・彼女らが、どんな目標をたて、何をするか、その充実度は、人によってあまりに様々だ。サボろうと思えばどれだけでもサボれる。簡単に卒業できる。

Kotの友人のそのSeanという子にそんなことを話していると彼は言った。「Stanfordは確かに学生間の競争を嫌っている。だから僕たちはお互いにCompetitiveではない。だけど、競争は自分に課するものなんだ。学校が指導していることは、自分に対して競争的であれということなんだと思う」

今まで私は、この学校のカルチャーについて本でも書いてきたし、スピーチでもよく話してきた。でも、こんな簡単に論理的に、入ったばかりの学校のこと一言でいいあてる18歳にただただ感心した・・・次第です。

この成熟度、理解力、洞察力。全く違う人種を見ている思い・・・。

ところで、昨日、University Aveを歩いていたら、クリスマスのライトをつけて10人くらいの消防士を乗せた消防車が手を振って通っていった。ずいぶん楽しげだったので、笑えたが、この街もどこかバランスがおかしいのか、それとも、日本のほうがおかしいのだろうか?

枡野さんの短歌から

短歌をつくるほどに、ゆっくりした気持ちになれないので、枡野さんの傑作を少々。

肯定を必要とする君といて 平気平気が口ぐせになる

こんな優しい人といられたらいいじゃないかって感じ

毎日のように手紙は来るけれど あなた以外の人からである

ねっ、恋愛ってままならぬもの。特に私のようにシャイな人にとっては(笑) 本当です。

結婚はめでたいことだ 臨終は悲しいことだ まちがえるなよ

確かに!まちがえんな!

今夜どしゃぶりは 屋根など突き抜けて 俺の背中ではじけるべきだ

だれだって、これ以上、痛めないほど痛むときがある。人生に落ち込んでいた19歳のとき。突然、先輩の訃報を聞いて。そんなときって、もうどうだっていい。来るなら来い、来てみろよ!って気になりますよね。

誰からも愛されないということの自由気ままを誇りつつ咲け

愛と自由は真逆だ、と私は本当に思っています。恋愛万歳、自由万歳。

現実的な政策を議論をしよう

まず、失敗の種類の議論をしよう。失敗には、原理(戦略)が違っていることもあり、やり方(オペレーション)が違っていることもある。今回のそれが何であったのか?

資本主義の崩壊、米国が率いた自由主義の失敗。言い方は様々でも、すべてが抽象的な概念論だ。

エラーは常に積み重なって発現する。米国では、本当の戦犯探しの議論が盛ん。戦犯は一人ではない。SEC、ファニーメイ(FNM)、金利を下げたグリーンスパン前議長、PLで勝負をしなくなった投資銀行、その元となった金融の規制緩和、数学や物理の博士号取得者たち、MBAたち、レバレッジ、幻想に惑わされた国民、そして、金融システム全体。誰が戦犯かなんて議論は今更不毛。または、面倒なので次の機会に。

過去数十年に渡り、Wall Streetは高度化する金融工学を用いて、リスクを軽減させる手段として、住宅ローンやその他の金融商品の証券化を行い、数々のデリバティブを生み出した。サブプライム。それ以上に今後金融界を震撼させるだろCDS。

結果として、リスクは軽減されず増加した。商品はあまりに複雑になり、中心的な取引市場は存在しなくなった。投資銀行の管理責任者でさえ、商品の価値の評価ができなくなった。

なんとなく、この議論をしていると近未来の遺伝子工学が引き起こす映画を思い出す。だれも真のリスクを理解していない。誰もがリスクを過小評価する。でも、結果はDisaster。そう、結果はDisasterだった。

だからといって、ここで議論が大きく逆にふれることが心配だ。1か0かの議論をしたくない。すでに、始まっている資本主義失敗の議論。米国至上主義終焉の議論。大きな政府の議論。市場経済の否定。

概念論や文化論を話す前に、政策論を話そう。産業を成長させるための活力は何かを議論しよう。保護貿易、既得権益の確保、保護主義に陥っていては成長は望めない。

生まれ変わったら?

アメリカにいたほぼ10年、仕事と勉強とで文字を読みすぎて読書をしなくなった。とにかく、文字が見たくなくて、暇さえあれば、外に出たり、ゲームしたりの生活。

その読書に関しての失われた10年を取りかえそうとばかりに、最近、めっきり読書熱。なんとなく、昔聞いたことのあるタイトルの本を片っ端から古本屋さんで買っている。

それにしても、日本語は表現が豊かだなと思う。アメリカにいたときは、苦手な英語を読まされ続けたので、それが文字嫌いを助長したのかも。意気地なし?

そもそも、英語表現はあまりに陳腐。「羊をめぐる冒険」が何故「A Wild Sheep Chase」に?「めぐる」に含まれた情緒的な表現が伝わらない。うちのお子なんかは、村上春樹の大ファンで、全部英語で読んでいるが、本当によさをわかっているだろうか?ねえ、Kot君?

って、英語を馬鹿にしていたけど、日本語訳も陳腐なのが多い気もする。「Heaven can wait」は「天国から来たチャンピオン」、「As good as it gets」が「恋愛小説家」。勘弁してほしい。

映画の翻訳をしている友人から聞いたことがあるけど、翻訳って要するに日本語の能力らしい。英語がよくわかっているというより、日本語でどんな表現ができるかが実力。おかげで、彼女は、英語だけじゃなくてイタリア語のオペラなんかも翻訳している。イタリア語ってよくわからないわって言いながら。すごいなぁ。

カイのおもちゃ箱 by 辻仁成

もともとわりと読みにくい文を書く人だと思っていたけど、とりわけ、この本は難解でした。注意して読んでいないと大事なところを飛ばしそう。

僕は暗闇と何百年に渡って対峙している。僕は孤独が好きで暗闇とうまく融合している。ここから出たくないと思っている。しかし、ある時、気付く。

百億年であろうが、百秒であろうが、その差はあまり意味がないことを知ったのだ。時間はあくまでも尺度であり、空間はあくまでも基準であり、それはそれに過ぎないのである。

それは、そうなのかもしれない、と思う。

そして、暗闇は僕に具体的な命題を提示する。

進化せよ。

時間が尺度であり、自分にとってその長さが問題ではないということは、とても心地よい概念だ。そこには、生や死という時間に支配されているモノは存在の意味がない。善や悪というコンテンツも存在の意味がなくなってしまうかも。

何をもって進化とするのか?進化は善か、悪か。時間の制約を受ける進化論は確かに理解しやすい。

昨日、BloombergのTVで生まれ変わったら何になりたいかと質問された。経営者はだいたい同じことをやりたいと答えるので、それはNGですよと前置きされた。

生まれ変わったら、進化論を説くより、何故プラスとマイナスがあるかとか、何故N極とS極があるかとかいう、不変の真実を突き詰めるのがいいのじゃないかと、思った (^・^)

投資銀行がバランスシートで仕事を始めたわけ

昨今の金融情勢は1929年以来の非常事態だから、メモが続きます。

前に、バランスシートで仕事しないはずの投資銀行が・・・と書いたけど、これは、半分間違いです。簿外負債があるという意味で。

バランスシートで仕事しないはずの投資銀行は、実際に、リーマンに限らず、バランスシートを十分膨らませていた、つまり、バランスシートで仕事し始めたという事実を、まず、重くみないといけません。

さらに、やはりオフバランス(簿外)も相当あったんだという事実も受け止めないといけません。今回は、最初のバランスシートで仕事をし始めたわけの巻です。

銀行には、商業銀行(コマーシャルバンク)と、証券業務をやっている投資銀行の2種類があります。

商業銀行は、私たちが小学校で習った銀行業務をやっています。つまり、預金者から借りたお金で、債務者にお金を貸す。預金者への利子より債務者への利子が高いために銀行は儲けることができます。

一方で、投資銀行と呼ばれる業務は、もともと日本の証券会社の業務と思っていいはずでした。

商業銀行は間接金融、投資銀行は直接金融という区分けもできます。

もともとの銀行業務をやっている商業銀行はバランスシートを使って商売をする代表のような企業です。お金を使って商売する企業ってあまりない。預金者から預かるお金を負債勘定に、債務者に貸すお金を資産勘定に計上する、こんなに多額のお金をバランスとして計上しておけるのは銀行をはじめとするファイナンシャル企業しかないのです。よって、バランスシートで仕事をするといわれても仕方ないわけです。

それに比べ、投資銀行のはじまりは、日本の証券会社と同様の業務ですから、フィービジネスです。顧客が株を売買する際のフィーや企業のIPOを助けることによるコミッションを生業にするビジネス。1億円の債権の販売をしたとしても、その5%をコミッションとして受け取るなら、バランスシートには1億円が計上されることはなく、利益として得られたフィーが年間を通して残ってやっと5%のみが載ることになります。直接金融といっても、お金は投資家から発行体に流れるから、その仲介をしているにすぎません。

バランスシートを使わないビジネスというのは、リスクをとらないビジネスです。リスクをとるのは、投資家だけです。

しかし、今回の金融業界崩壊で最初に表面化したサブプライムは、住宅ローンの一種ですから、本来は、商業銀行が発行していたもの。なのに、何故、投資銀行がどんどん破綻していったかと考えると変ですよね。

その理由は、住宅ローンが、金融商品の流動化とか証券化とかデリバティブと呼ばれる金融派生商品に変わっていったからです。ローンを実行したオリジネーターである商業銀行は、ローンが流動化したことにより、債権が不良化しても、その債権を投資銀行が買ったことにより、バランスシートから消えちゃったのです。そして、バランスシートに載るはずのない債権=>債務が、本来、バランスシートで仕事をしなかったはずの投資銀行のバランスシート上の負債に計上されたのです。

この金融商品の証券化が投資銀行のバランスシートを膨らませた要因です。この証券化した債権は、サブプライムに留まらず、あらゆる金融商品にまたがり、いくらバランスシートが膨らもうが、これはリスク分散と認識され、投資銀行の格付けは高いものでした。

だから、信用力があるとされ、低コストで資金調達もできます。資産を持たない投資銀行が、資産を持つことにより、より多くの収益を上げます。

どの商売よりも簡単。いいモノをつくるとか、いいサービスを売るとかには、開発にもオペレーションにも工夫がいる。でも、投資銀行業務の成れの果ては、バランスシートを膨らます作業、証券化して買い入れ、売り抜けるだけでいいのです。

しかし、サブプライムやデリバティブは同時に急激な価格下落をし、結果、流動性がなくなりました。サブプライムの価格低下で、他の金融商品もやばいと気付いたのが昨年あたりから、そして、隠れていた負債に数々金融商品が加えられ、同時多発的に破綻したのです。

昨日、久しぶりに元メリルのOさんとお会いしました。某監査法人が選定するベスト50社に選ばれ、Oさんがキーノートだったのです。

Oさんは、日本の証券界で、5年連続アナリストナンバーワンに選ばれている優秀な方で、当時、ネットイヤーグループの大ファンでいてくれた人です。仕事と関係なく、ずいぶん助けていただいたけれど、メリルが一度業績不振に陥ったとき、体を壊され、それ以来、お会いしていませんでした。すごく懐かしくて、パーティーの席では、ずっと私の横にいて、話をしてくれた。

彼曰く、世界のGDPの規模は54兆ドルだそうです。そして、株式などの金融商品は130兆ドル、そして、そして、デリバティブなどの派生商品の規模が596兆ドルです。農業、工業、ITなどモノ作りで得られた対価の10倍以上が、この信用で作られていたのです。

世界の経済って何?