バブルの続き

ブログの話題が堅いと非難集中にもめげず、続きです・・・。

信用経済と実体経済のギャップがいわゆるバブル。それにしたって、一般消費者がお金を使いすぎるくらいでマクロ経済に影響を与えるものだろうか?米国の国内消費は米国経済の3分の2を支えているので、もともと海外向けが多い日本より相対的にインパクトは大きい。私、Bushさんに以前500ドルいただいたことがあるんですね。メールボックスに500ドルの小切手が届きました。差出人「Bush大統領」です。彼が当選した直後の国内景気刺激策。なんてダイレクトな・・と思ったけど、国民消費(国民浪費かも)がアメリカ経済の主役を裏付ける話。私は、その考えは支持しないが、話が長くなるので、ここではその仮説のままで。

市場安定せず。未だ、出し切っていない損失は日本のバブル崩壊の比ではないとも・・。

一般消費者のサブプライム問題を引き起こしたいくつかの住宅ローンは、最初の数ヶ月は非常な低金利、その後、高金利になるように設計されている。いかにも手を出しやすく、それゆえ破綻しやすい。どうしてそんな商品を作るのかしらん。初めよくても長期的にみれば、返済が滞ればわが身に降りかかる。これら住宅ローンのターゲットユーザーは明らかにこれを使いこなせない。何故、いくばくかでも先の視野を持てないのか?売れればいいのか?

もともと、デリバティブはこれら信用経済をどんどん拡張する可能性をたぶんに含んでいる。商品の良し悪しだけではない。販売する企業の人事制度とか報酬制度が商品のゆがみをさらに助長する。これらローンの評価制度がそれから得られる利益ではなく、住宅ローンの販売金額であったとすれば、破綻も目に見えているというもの。自分だけが儲かる仕組みには常に落とし穴がある。

アメリカの住宅ローンは買い替えてもまったく手数料が発生しない。私の友人のベンチャーキャピタリストは、金利が低くなった2年ほど前、2ヶ月で7回ローンの組み換えをしたと言っていた。そんなことに時間を使っている間に仕事をしろよと言いたくなるが、住宅ローンの過当競争が低所得者層だけの話ではなく高額所得者をも巻き込んでいる。この買い替え需要は、結局、商品の発行側にはなんの経済効果ももたらしていない。それに加えて、時間単価の高いキャピタリストの時間を無意味なく消費、生産性を落としている。この人、いい人だから文句言いたくないのですが、つまんない、つまんない、ねぶたい、ねぶたい(リリー・フランキーばり)、新聞持ってこ~い。

サブプライムよろしく投資銀行が開発するデリバティブは世界中に販売されている。これら金融商品はどんどん高度になっている。ターゲットユーザーがそれを使いこなせるのか、それを販売する人たちの報酬制度、そんなプロセス全体を誰が管理・評価しているのだろう?

実体経済と信用経済

週間くらい前に、某メディア様向けに書いたのですが、その後、同じような議論があちこちで活発になり、なんだ、結局、そういうことなんだ、と自分でも納得した次第です。でも、実体験として here you go!

アメリカ経済の実態がサブプライム問題にとどまらないという懸念が年初から株式市場の世界的な暴落を引き起こしています。そもそも昨年から問題となっているサブプライムでは、特に低所得者層向け住宅ローンの焦げ付きが表面化した形ですが、年初からのそれは低所得者向けだけでなく、一般消費者のクレジットカードの支払い能力が問題視されるようになっています。高所得者層にリーチしているはずのカード会社American Expressが、貸し倒れ損を44000万ドル計上すると発表、当日、株価は10%下がりました。サブプライム問題は、アメリカ経済の実態という根源的な問題を論議するきっかけとなっていると思います。

私たち日本人がアメリカに暮らすとほとんどの人が日本との差異を大いに感じます。私の場合は、ちょうど日本のバブルが崩壊した1992年に留学のためにアメリカに渡り、それを経験することになりました。直感的にアメリカは豊かな国であると感じました。それは、日本とはかけ離れた国土面積を持っているアメリカとかつてウサギ小屋と称された自分たちの生活ぶりとの落差にとどまりません。私はとりあえず、その差は、豊富な天然資源ではないかと思うようになりました。事実、アメリカの低所得者層の暮らしぶりは悪くない(誤解のないように言っておくと、これは Silicon Valleyの場合を指しています。私は、ほぼ独立国状態の Silicon Valleyにしか住んだことがないので、他の地域を語る資格なしです)。それを支えている理由が他に思いつかないのです。農業や鉱業、天然資源の採掘自体が雇用を生み出しGDPに貢献する。原材料が安く手に入る。これらマクロ経済に影響を与える自然発生的な優位性を考えると、日本人はよくやっていると感動まで覚えました。

しかし、この感覚もアメリカでの生活が長くなるとところどころほころびを感じるようになります。日本とアメリカの実態経済の差異は、普段の生活で感じているところよりも本当は小さいのではないかいう疑問です。これが、まさしく現在、表面化しているサブプライム問題やクレジットカードの支払い能力という問題と同義になります。つまり、アメリカの実体経済は、実力以上の信用(クレジット)を消費者に与えることにより、レバレッジが効き過ぎているのではないかという懸念です。平易な例は、クレジットカードです。アメリカにいるとクレジットカードのDMが山のように郵便受けに届きます。デパートに行っても量販店でも高級宝石店でもカードをすすめられます。世の中は賢明な消費者だけで構成されているわけではありません。その結果、必要以上のカードを持っている人によく出会います。

クレジットカードのビジネスモデルは、そのステークホルダーがすべてWin-Winになるようにできています。クレジットカード会社は、店舗からのコミッションで儲かります。一般消費者が現金決済であれば今月は10万円を使おうとするところを支払いの期限が一ヶ月延びるというクレジットを与えられてしまうと15万円を使ってしまいます。店舗はコミッションをカード会社に支払ってでも消費が5万増えるほうが儲かります。そして、消費者は・・・よりたくさんの買い物をしてハッピーという構図です。しかし、このクレジットの感覚が過ぎると、実態以上の消費をしてこの Win-Win 関係は破綻します。さらに、クレジットカードには使用限度額以外にローンも与えられる仕組みになっているので、消費者の購買感覚はさらに実力以上に、レバレッジが助長されていきます。たくさんのカードを組み合わせ、ローンを借りまくる人たちが登場します。

そんなわけで、私は、アメリカ市場の動揺は、アメリカの実体経済と信用経済の落差ではないかと考えています。サブプライム問題だけでなく、消費全体に浸透した行き過ぎた信用経済、その調整は自浄作用をなくしているので、異なる経済主体である政府資金の投入という形で行われます。

それにしても、あの人たち、 使いすぎだと思う次第です。