現実的な政策を議論をしよう

まず、失敗の種類の議論をしよう。失敗には、原理(戦略)が違っていることもあり、やり方(オペレーション)が違っていることもある。今回のそれが何であったのか?

資本主義の崩壊、米国が率いた自由主義の失敗。言い方は様々でも、すべてが抽象的な概念論だ。

エラーは常に積み重なって発現する。米国では、本当の戦犯探しの議論が盛ん。戦犯は一人ではない。SEC、ファニーメイ(FNM)、金利を下げたグリーンスパン前議長、PLで勝負をしなくなった投資銀行、その元となった金融の規制緩和、数学や物理の博士号取得者たち、MBAたち、レバレッジ、幻想に惑わされた国民、そして、金融システム全体。誰が戦犯かなんて議論は今更不毛。または、面倒なので次の機会に。

過去数十年に渡り、Wall Streetは高度化する金融工学を用いて、リスクを軽減させる手段として、住宅ローンやその他の金融商品の証券化を行い、数々のデリバティブを生み出した。サブプライム。それ以上に今後金融界を震撼させるだろCDS。

結果として、リスクは軽減されず増加した。商品はあまりに複雑になり、中心的な取引市場は存在しなくなった。投資銀行の管理責任者でさえ、商品の価値の評価ができなくなった。

なんとなく、この議論をしていると近未来の遺伝子工学が引き起こす映画を思い出す。だれも真のリスクを理解していない。誰もがリスクを過小評価する。でも、結果はDisaster。そう、結果はDisasterだった。

だからといって、ここで議論が大きく逆にふれることが心配だ。1か0かの議論をしたくない。すでに、始まっている資本主義失敗の議論。米国至上主義終焉の議論。大きな政府の議論。市場経済の否定。

概念論や文化論を話す前に、政策論を話そう。産業を成長させるための活力は何かを議論しよう。保護貿易、既得権益の確保、保護主義に陥っていては成長は望めない。

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