テクニカルリスクをとれ!

つい先日、仲のいいVCの拓ちゃんに紹介してもらったスタートアップ。かなり有名な方らしいが、隠れ引きこもり系の私はまたも存じ上げなかった。反省。

ハードウェアのスタートアップは珍しい。 元松下電器の方。ビジネスモデルはニッチでも面白いと思う。ところが、VCはなかなか投資しないのだそうです。ごちゃごちゃいい訳がならんだが、要するに例がないのでリスクが高い、アーリーすぎるということらしい。

ところが、彼の話を聞いているとこの事業を起こすに足るサポート事実がうまい具合に展開される。例えば、生産コストが以前と比べすごく低くなっているとか、半導体を作る必要がない(コモディティー化していて秋葉で買える)とか、部品は大企業の生産においてもほぼ標準化してしまっているとか、生産工程が大量生産でなくてもできる設備が新興国に準備されているとか。何より、こういう知識がある人は元メーカーの一部の人しかないだろう。マネージメントもOK。面白いハードだけど、大企業はこのロットでは参入してこないと思った。それも差異化なり。

それだけ理論武装できているのにVCが投資しないわけは?そんなことを考えているときに、自分で前に書いた記事を思い出した。テクニカルリスクをとれ!

シリコンバレーでスタートアップを何社も成功させた友人のMike Damourの話。彼は最初のスタートアップで、わずか数十枚のPPTでクライナーから投資を受けた(アメリカではビジネスプランはWordです。市場機会からリスクからあらゆることを記述しなければならず、Wordで30枚くらいかしらん・・)。よくそれで投資を受けられたね?と聞くと、VCがテクニカルリスクをとった、という答え。なにそれ?

テクニカルリスクとは製品ができるかどうかのリスク。ものにもよるが半導体を除けばせいぜい数億のリスクだろう。それに比べて製品が出来上がってからのリスクはマーケットリスクと呼ばれる。それは数十億。 なぜなら、製品ができたという時点で競合でもその製品をつくれる可能性が大きく膨らむわけで、数社の勝負となれば、マーケティングにかかる費用の大小による。だったらテクニカルリスクをとれよ!という話。

でも、実際には技術を目利きできるVCくらいしかこのリスクはとれないだろう。それゆえ、クライナーくらいのVCしかこの芸当はできなくて、それゆえ、クライナーはまた偉くなる(最近は、セコイアに比べちょっと低迷ですね)。

日本のVC、10年前に比べたら相当違ってきましたよね。でも、まだテクニカルリスクをとれるVCはいない・・・ということでしょう。

こういうスタートアップが成功してくれるといいな、と思ったこと、そして、ハードとサービスを組み合わせられれば、日本がもう一度強くなれるね、とも思ったり。

育ちの違い

世界最強の投資銀行(何をもってして?) の方とお話しして妙に納得しました。なにやら年収で3億円くらいということ。アメリカ本社のCEOは、確か新聞発表で7~8年前に40億円くらいだったように記憶しているので、業界での格差を見せられる思いですが、そんなことを今さら論議したいわけでないです。ちなみに、今回、元ゴールドマン=>NYSE=>メリルのCEOは50億だそうです。メリル今めちゃめちゃ苦しんでいますから、好転の折には120億も夢じゃないとか・・・まったく、何の話かわからない金額です。でも、余談でした。すみません。

さて、この最強の投資銀行、サブプライムで大損をしている証券や投資銀行が多い中で、四半期で3000億円もの利益を出しました。で、「さすがですね。このご時世に3000億円もの利益。サブプライムには手を出していなかったのですね。すごいすごい」と言うと、「いや、違いますよ。うちだって1500億くらいの損は出していたんです。ショートしたんですよ」と宣う。目の前がパッと明るくなりました。「この数字見ただけで、ファイナンスの人間なら何をしたかはピンときますよ」と言われ、そうか、素直にサブプライムに手を出していなかったと考えた私は、甘い甘いと納得せざるを得ませんでした。しかし、・・・ということが言いたかったわけではないのです。響いたのは次のフレーズです。

「(私はファイナンスの人ではないので、まったくもって無責任な発言で申し訳ないが、とにかく論理的には正しいと思い)な・る・ほ・ど!下げは決まっていますもんね。じゃ、なぜ、他はしないの?他社もショートすればよかったじゃないですか?」とお尋ねすると、「育ちの違いですよ。うちは、生まれが投資銀行です。生粋の投資銀行。だからできるんですよ」とおっしゃる。「はあ」「今回、79億ドル(日本円で8500億円くらい?)もの損を出したMさん。こちらは、母体が富裕層顧客なんです。まず、富裕層ありき、その上に、投資銀行がのっかったという歴史があります。この富裕層という顧客基盤を意識するとショートはできないですよ。下がったら売るな、みたいな社内規定もあるんです」

なるほどね。下がったら売るながどうルール化されているかは別として、確かに富裕層を意識したら無茶はできない。育ちが違う。そのとおりですね。

このMさん、そういえば、インターネット惣明期にも同じように叩かれたのを覚えています。1990年代、銀行・証券がオンライン化する中で、アメリカでは、E-Tradeのようなオンライン証券はもちろん、既存小売店舗を持っていても Schwabのように積極的にオンラインに投資する証券会社もありました。それに比べ、Mさんは、オンライン化が遅いんだよと散々たたかれたのです。でも、Schwabは証券会社といえども、Discount Brokerage Firmという部類に入る会社。顧客基盤がMさんとは違ってもとから一般向けの証券会社です。インターネットをすすめたって誰も怒りはしない。むしろ、喜ばれましたよね。既存ビジネスが足かせになることはなかったわけです。

Mさんをかばうわけではないですが、両方ともMさんの正の資産が足かせになっていますね。こうしてみると、パラダイムシフトって、いつもながら既存ビジネスに不利だということを思い知らされます。

閉じる効用について

突然、堅い話で申し訳ないが、やはり、インターネットやオープンソースの動きがもたらす市場性の変化とか、それが経済に与える影響とかが気になって仕方ない。それに関連して、ずーっと気になっている「独占」について頭を整理してみました。

企業にとって、独占のうまみは大きい。そのポジションがとれたおかげで利益率は格段に向上、経営指標のすべてが正のスパイラルに転換する。一方、市場の立場に立つと、独占により自由競争が阻害される。市場にとって独占は悪。独占禁止法で単に独占というもの禁止する(独占禁止法の立ち居地というのは、独占による違法行為を禁止するだけでなく、独占という状況それ自体を回避させるためにある)というのも、独占があまりに強大な力を持ってしまう所以。しつこいけれど、ゆえに、企業にとっては独占というものはとてもおいしいものである。

あたりまえじゃないかと言われるかもしれないけれど、独占市場を形成する必要条件として、閉ざされた市場を形成するということがある。市場を囲む明らかな境界線がある。言い換えれば、市場が無限大に開放されているところに独占は存在しない。独占のうまみを享受するには2つの要素が必要。ひとつは、市場のサイズ=大きければ大きいほどいい。もうひとつは、その市場を「閉じる」ことである。

私が、アメリカのビジネススクールを卒業した頃、今をときめくAppleは瀕死状態だった。1992年の入学時に Macを使い始めファンとなった私としては納得がゆかない。ハイテク産業といえども、明らかに技術だけが優位性を確立するわけではない。ビジネススクールのケースにもなった、AppleがOSを開放しなかったことによる競争劣位。それに比べて、MicrosoftはそのOSを数々のハードウェアメーカーに販売。異なるハードウェアの上にWindowsが載り、その上のアプリケーションの販売を容易にした。米国司法省がそこに噛み付いたのは記憶に新しい・・いや、古いかな・・。ハードウェアの上にOSという皮をかぶせることにより市場を閉じたのである。

別にハイテクでなくても同様なことがどの産業にも散見できる。例えば、アルコール市場で、ビールという市場は閉じていたが、発泡酒が発売され、境界線は不明確に、よって競争は次の段階に入り、それまでの寡占市場は混沌とした。もっと長い目で見れば、アルコール市場では、移ろいやすい人の心が閉じた境界線を不明瞭にしてきたといえる。ウイスキーやバーボンなど、かつては、バブル時代、市場のステータスであった酒類、今や焼酎に押されつつある。以前に比べ、境界線は、特定の種類の酒から酒全般に移行したと言える。そして、今後、健康志向が高まればアルコール市場は、ソフトドリンクやノンアルコールの飲料水と競争を始める運命かもしれない。

インターネットは、この閉じた市場をあらゆる意味で開放している。インターネット総明記、PCがTVと融合すると言われ始めた当時、アメリカで経営していた会社のお客様(日本のメーカー様)たちに熱い思いで話した覚えがある。デバイスの境界線がなくなる。Microsoftに勝てる。家庭でのハブの覇権争いが始まりそうだった。ハブになるのはTVかPCか、はたまた携帯かサーバーか。これが実現するまでにはまだ時間がかかりそうであるし、日本勢は今のところ全く王手をかけられていない。が、とにかく、PC市場は以前のような閉じ方はしていない。独占はゆるくゆるくなっている(インターネットが開放したものは、閉じていたデバイスの市場だけではないが、ここでは、独占についてだけ考えたいので、とりあえず、他の話題には触れない)。

同じインターネットでも、Googleが作り出している市場は閉じている。Googleは、OSの上にもう一枚インターネットという一皮をかぶせた。もちろん、インターネットは一企業に属するものではないが、Googleのエンジンの性能が他に比べて優秀である限り、膨大な情報を整理・検索しようとする人たちの市場をインターネットというツールで閉じていると言える。

そして、この市場のサイズは?とりあえずのところ、世界最大の広告代理店を目指すGoogleは、先のMicrosoftと異なり、インターネットを媒体としてとらえた広告サポートビジネスモデル=受益者非負担のビジネスモデルをコアにしている。この広告市場全体のサイズは50兆円、日本市場は6兆円、マスからターゲットメディアへの移行が進んでも市場規模に変わりがないとはよく言われることだが、長い目で見れば、広告市場全体のサイズも変わると私は考えている。インターネットビジネスは、市場の変換を促している。ビジネスモデルを受益者負担から非負担に、消費者を生産者に、購買者を販売者にという具合だ。新たな生産者や販売者が生まれれば彼らの一部は新たな広告主となる、また、受益者非負担のビジネスモデルの台頭により消費者は無償のサービスや製品を手に入れて利益を被るわけだが、消費者はそれにより余ったお金を貯蓄にまわすわけではない。他の有償のサービスや製品を購買する。生産者・販売者となることにより増えた収入がマクロ的な購買力を増やすとすれば、この市場は新たな広がりを見せる。Googleは、とりあえずのところ、成長市場を閉じていることになる。